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さてその昔、山と海に囲まれた狭い地域であった塩生は、北から順に、
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「浜(はま)」 「下(しも)」 「上(かみ)」 「奥(おく)」 「田淵(たぶち)」 「南(みなみ)」 の6つの町内に分かれています。 それぞれの町内の場所を案内するかのように、3つの奉燈が残っています。
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1つ目は、倉敷市立本荘幼稚園のすぐ南に自然石を利用した奉燈があり、天保14年の年号が刻まれています。
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 | 2つ目は、田淵集会所近くの三差路に立つ奉燈で、天保12年に建立されたものです。自然石を利用した大きな奉燈です。
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3つ目は、南集会所そばにあります。弘化3年に建立されたもので、自然石ではなく加工された石が用いられています。
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これらの奉燈は、金比羅塘路として、祭の日に光明をあげて海の安全を祈ったものであり、かつて塩生が漁村であり、海との関わりを持つ村であったことの名残でもあります。
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昭和31年頃の塩生を撮影した写真を見ると、塩生の西の沖に浮かんでいる高島の姿を捉えることができます。水島灘に浮かぶ小さな島だった高島は、水島臨海工業地帯C地区の干拓によって、陸続きになったのです。
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現在、本荘公民館、そして児童公園となっている場所に昔の本荘小学校がありました。 西側に残る石垣が、小学校と港の境界をなしていたようです。
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